三宅 伸吾 (みやけ しんご:MIYAKE SHINGO)

三宅 伸吾 (みやけ しんご:MIYAKE SHINGO)

日本経済新聞社 証券部兼政治部、法務報道部 編集委員

1961年、香川県生まれ。86年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同年、日本経済新聞社入社。89―90年米コロンビア大学、95年東京大学大学院法学政治学研究科修了。企業、官庁、政治取材を経て2003年から編集委員。企業家、法律家、政策立案関係者に幅広い人脈を持つ。
著書に『Googleの脳みそ―変革者たちの思考回路』(日本経済新聞出版社)、『市場と法 いま何が起こっているのか』(日経BP社)、『乗っ取り屋と用心棒』『ドキュメント・日米法務戦争』(日本経済新聞社)、『知財戦争』(新潮新書)、『弁護士カルテル ギルド化する「在野」法曹の実像』(信山社出版)、『司法を救え』(共著、東洋経済新報社)、『いやでもわかる日本の経営』(日本経済新聞社編、日経ビジネス人文庫)などがある。

update:2012/02/10

国の豊かさの指標のひとつに、「購買力平価」基準による国内総生産(GDP)がある。 物価が低いと、この値は大きくなる。国際通貨基金(IMF)の予測によると2011年、この基準でインドのGDPが 日本のそれを上回り、米国、中国に続いて世界第3位になるようだ。このモノサシで中国が日本を追い抜いたのは2001年で、2010年には名目GDPでも中国は日本を上回った。

図表1 購買力平価ベースによる各国GDPの世界に占める割合(1980〜2016年推移・予測)

図表1 購買力平価ベースによる各国GDPの世界に占める割合

インフォシス社創業者のムルティー氏
(バンガロールの本社で)

躍進の著しいインドだが、人口が多いため1人当たり所得はまだ小さい。 貧富の格差も激しい。同国を代表する商業都市のひとつ、ムンバイ。 かつてボンベイと呼ばれたアラビア海に面するこの街では路上生活者が目につく。 一方で、竹に囲まれ奥まった高級ホテルをのぞくと、1万円前後のブッフェ形式のランチがにぎわいをみせる。

インド南部の内陸部にあるバンガロールは、情報関連産業の勃興地として知られる。 代表する企業の1社、インフォシス・テクノロジーズ社を訪ねたことがある。 インド経済界の論客で同社創業者のナラヤナ・ムルティー氏にどうしても聞きたいことがあったからだ。 ご存じの方も多いだろう、世界的ベストセラーのトーマス・フリードマン『フラット化する世界』で大きく取り上げられた企業である。 ムルティー氏に直接、聞きたかったのは資本主義を支える企業家精神と政府の役割についてだ。彼は間髪を入れずこう答えた。

「貧困への処方箋は雇用を生み高い給与を与えることだ。これは企業家精神が発揮されてのみ達成できる。 政府の役割は雇用の創出ではなく、雇用を生む企業家にインセンティブを与えることにある」

豊かな国のシンガポールにも立ち寄った。インドとは違い、路上生活者に出会うことはまずない。 いわば飢えのない国。ハングリー精神がなくなって、どうやって活気を維持するのだろうか。

シンガポールの産業政策の参謀だったヨー氏

「ハンガー(飢え)がなくなったら、輸入すればいい」。シンガポールの首相府アドバイザーで 元・科学技術研究開発庁長官のフィリップ・ヨー氏は言い放った。 近隣諸国から、きわめて優秀だが貧しい10代半ばの学生を奨学金でシンガポールに大量に呼び集め、博士号取得まで支援する。 同国の英語の能力はアジアの中で群を抜いている。

ヨー氏は続けた。「国際都市として競争力を維持するためには英語教育は当然のことだ。 われわれが北京語を学んでも中国人には勝てない。留学生は半年ほどで英語を覚えなければ生きていけず、すぐに覚える。 ただ、ほかの成績が落ちれば帰国してもらう。その様子がシンガポール人を刺激する。 資源のないシンガポールでは人材がすべて。優秀な人材がわが国の機関車だ」。

世界第2位の経済大国となった中国。上海在住の企業家の目に日本はどう映っているのだろうか。 かつて勤めていた日本の企業が経営不振に陥り、これを買収した陳重生・上海日精電機代表はこう話す。

「地球上で今、最も社会主義的なのは日本ではないか。何でも公平に分配しましょうだ。 資本主義は自由競争だと理解している。経済が発展していく段階では、勝ち組と負け組をつくらないと、だれも頑張らなくなる」。

上海から空路で3時間もかからない中国・内モンゴル自治区の区都フフトフ。 そこから数時間走ったフィトンシラ草原では高さ50メートル以上の真っ白な発電用風車が数千機の規模で立ち並ぶ。 この壮大なパノラマを後に、車で南南西に4時間近く走るとアジア最大級の露天掘りのジュンガル炭鉱がある。 表土を100メートル以上取り除き、下に眠る30〜40メートルの石炭層を掘り出す。 「黒いダイヤ」に湧く内モンゴルのオルドス市では片側6車線の幹線道路が街を貫き、あちこちで不動産開発が進む。

オルドス市カンバシ新区(左:図書館、右:博物館)

マンション用地の地盤整備の現場で会った郭海文氏(38歳) 。6年ほど前、33万元(約400万円)を頭金に1台目の建機を購入、土木業の個人企業家となった。 今では保有建機は5台、オペレーター8人に宿舎と食事を提供し月給6000元(約7万2000円)前後を支払う (「黒い宝石、内モンゴル熱狂」2011年8月25日付、日経産業新聞)。

よりよい生活を求める人のインセンティブを背景に企業が生まれ、激しい競争を勝ち抜いた企業の成長とともに雇用が創出・維持される。 このメカニズムが今、最も高速回転しているのが中国であり、インドは少し出足が遅れたものの猛烈なスピードでその後を追いかけている。 日本はそうしたメカニズムに大きなブレーキがかかり、閉塞感が漂う。 今年3月の東日本大震災が沈鬱な空気をさらに重くした。

それなりに豊かになり、少子高齢化が急ピッチで進む日本。 ハングリー精神は枯渇気味だが、外国人の大量受け入れには拒否反応が強い。 薬剤師団体などの要望を受け、風邪薬のネット通販の禁止が維持されるなど 既得権保護政策は自民党政権時代と何ら変わらない。この国はいったい、どこに進むのだろうか。

日本再生への処方箋については多くの議論がなされてきた。 企業家やビジネス関連法の政策立案過程、司法問題に関心を寄せてきた ジャーナリストとして、日本を元気にするいくつかの「解毒剤」を以下に紹介する。 「仕組み」と「マインド」に大別される。

改善すべき仕組みは市場・競争教育の充実、英語や中国語など 外国語能力の向上、法人税の引き下げ、硬直的な労働法制の見直し、貿易自由化の促進を含む さまざまな規制緩和などいい尽くされているので詳細は記さない。

一連の制度改正に向け、起爆剤となるのが「国政選挙における投票価値の是正」だろう。 参議院では最大格差が約5倍、衆議院では同約2倍である。 表現を変えれば、ある地域の有権者の1票の重みはそれぞれ 0.2票、0.5票。日本には半人前以下扱いされている大人が数千万人規模でいる。

不平等な選挙権をめぐってはこれまで何度も違憲による選挙無効を求める 憲法訴訟が起きているが、国政選挙の無効判決は1回もない。今春、2009年の 衆議院選をめぐる訴訟で「違憲状態」判決が最高裁で出て話題になった。 しかし、何のことはない、憲法の番人が「選挙は有効」とお墨付きを出したのだ。

「一人一票実現国民会議」のHPより

図表2 衆議院議員選挙年齢別投票率の推移

「違憲状態」判決を受け、国会では見直し議論が始まってはいるが、もし、 格差の見直しがなされないまま総選挙になっても、次に出る司法判断は おそらく「違憲・選挙は有効判決」だろう。 無効判決が出るとしても、その次の総選挙という見方が多い(仮に小選挙区選出議員の全員が当選無効となっても、 残りの議員で定足数は満たせるため、可決・成立済みの法律を追認すれば混乱は回避できるようだ)。

現在、2010年参議院選挙の違憲・無効を求める訴訟が最高裁にあがっている。こうした格差訴訟の 弁護団の主要メンバーに、経営者や学者らが加わった市民団体(「1人1票実現国民会議」)が一風、変わった運動を 繰り広げているのをご存じだろうか。この2年数カ月の間、新聞などに意見広告を打ち続けている団体だ。

国民会議は国民審査権を「参政権」として位置づけ、「でたらめな選挙を認める最高裁裁判官の名前をPRし、罷免しよう」と主張している。 確かに、衆議院選挙と同時に行われる国民審査で過半票の罷免票(×印)が集まると憲法の規定により失職する。

この運動をここで詳しく紹介するのは理由がある。 選挙制度は日本の経済成長政策に大きな影響を与えるからだ。第1次産業従事者や 高齢者が多く住む地方の有権者の1票は、都市部より概して格段に重い。 しかも、高齢者が若者より実際に投票所に足を運ぶ結果、年金生活者に有利なデフレの継続や さまざまな既得権の維持・拡大を求める声が、国政に増幅され届けられている可能性が高い。

国民会議の運動が広がればどうなるだろうか。厳格な「1人1票」が社会の強固な常識となる。 裁判官の考えも切り替わり、違憲判決と同時に次期選挙の暫定的な区割りが判決の中で提示されるかもしれない。 また、ネットを通じた選挙運動や投票が解禁されれば若者の政治参加も進み、投票結果が大きく変わり、 国政が社会保障政策などを含め将来志向になることが期待できるからだ。

日本を元気にする「心構え」では2点を記す。ひとつはリーダーの役割。 組織のトップに立つ者が沈鬱では組織に元気は出ない。壮大な夢を語り、構成員の目線をあげるリーダーが今の日本には欠かせない。 「不幸最小社会」をスローガンに掲げた政治リーダーもいた。「みんな不幸だ。これをみんなで小さくしよう」では困る。 「みんなで一生懸命働き、幸せを大きくしよう。 自分の努力ではどうしようもできないことなどのために不幸な人には、みんなで稼いだお金できちんと手を差し伸べよう」でないと、元気は出ない。

そして、日本再生にきわめて大事だと考えられることを最後にひとつ、触れておきたい。 米Google創業者の口ぐせは「許可をもらうより、謝るほうが楽だ」である。 確かに、同社のネット検索サービス、ストリート・ビュー、買収し傘下に入れたYouTubeの動画共有サービス、 電子図書館の「ライブラリープロジェクト」などを振り返ると、著作権やプライバシー侵害などとして当初、物議を醸したものだらけだ。 今、そんな批判はあまり聞かれなくなった。

ただ、「許可をもらうより、謝るほうが楽だ」を字面だけで勘違いして理解すると本質を見失う。 それなりの損得勘定はしただろうが、「儲かることならルールを破ってもいいから、何でもやってしまえ」ということではない。

「新しいサービスは必ず社会に役立つ。 違法だという人もいるだろうが、合法とも解釈できるのであればまず挑戦する」……。 創業者の言葉には、使命や正義に裏づけられた企業家の覚悟を読み取るべきではないだろうか。

こんなことを指摘すると、「正義は相対的なものだ。 法令遵守より、使命、正義だといったら、社会が混乱する」との批判を耳にした。 しかし、21世紀の文明国では社会が許容する正義の範囲はかなり限定的だ。

日本ではここ数年、社会への貢献、雇用の創出という会社の使命より、まず、「不祥事最小企業」を目指す大企業のサラリーマン経営者が少なくない。 経営理念に「法令遵守」と堂々と掲げるところも散見する。 しかし、法令遵守は企業の最終目標では本来、ないはずだ。 法令は社会統治のための「一応のルール」として強い規範力をもつにすぎない。 現に、環境変化に応じて改正(場合によっては改悪)されたり、裁判官によって解釈がぶれたりする。 絶対善ではあり得ない。グレーだとされる行為も裁判官を説得できれば合法と確認される。

新たなビジネスモデルを日本で展開するには、国内では「しがらみ」が多すぎて難しいとこぼす経営者も多い。 国内市場が縮小するなか、企業成長に向け、グローバル化を進めざるを得ない。 そこで、業界の反発、「しがらみ」のない新興国で革新的なビジネスモデルを実験したいという。 ひとつの対応策かもしれないが、それでは日本のユーザーがかわいそうだ。 ソニーが創業時に掲げた「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場」は今や米アップルのものとなってしまった。

ワクワクする製品・サービスを社会に送り出し世界をあっと言わせてやろう。批判は受けて立つ……。 こんな突破者の精神=「Googleの脳みそ」が欠けていることが、経済界に限らず日本に閉塞感が広がる要因ではないだろうか。

最高裁裁判官の首を切ってでも、1人1票の民主主義を実現しよう……。 こんな発想に至っただけでなく、現実に活動を始めた弁護士たち。 彼らも同じ法曹人として、この決意を固めるまでにはためらいもあったようだが、最後は歴史に耐える「突破者の精神」覚悟が世界を変える。 壮大な挑戦は失敗すれば非難轟々だが、そうしたリスクを恐れる人ばかりになると社会は失速する。

(本稿は筆者個人の見解であり、本文中に出典を記載した部分を除き、三宅伸吾『Googleの脳みそ 変革者たちの思考回路』(日本経済新聞出版社、2011年7月刊)を引用、参考にしている。)

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